コルク 佐渡島社長×トライト 笹井社長が語る 自分らしい人生の貫き方—これから未来の介護はどうなる?
2024.06.04
共創ストーリー「自分らしい人生の貫き方」を考えたことはありますか?どんなに健康でも、いつか私たちの人生はエンディングを迎えます。超高齢社会において誰もが直面するテーマである「介護」とその未来について、『ドラゴン桜』の三田紀房氏や『宇宙兄弟』の小山宙哉氏ら著名作家とエージェント契約を結ぶコルクの創業者で代表取締役社長CEOの佐渡島庸平氏と、医療福祉の人材関連事業とICTソリューション事業を展開するトライトグループCEO、トライト代表取締役社長の笹井英孝氏に聞いてみました。
(向かって左:トライト笹井社長、右:コルク佐渡島社長)
-Profile
株式会社コルク 代表取締役社長CEO
佐渡島 庸平(さどしま ようへい)
1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、2002年に講談社に入社。モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『空白を満たしなさい』(平野啓一郎)などの企画を立ち上げる。2012年に講談社を退社し、「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションとするクリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、ファンコミュニティ形成・運営、新人作家の発掘・育成などを行う。著書に『観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』『感情は、すぐに脳をジャックする』など。
株式会社トライト 代表取締役社長(トライトグループCEO)
笹井 英孝(ささい ひでたか)
1967年生まれ。東京大学法学部卒業、2000年コロンビア大学経営大学院修士課程(MBA)修了。国内大手銀行、外資系コンサルティングファーム等を経て、2005年医療機器メーカーであるオムロンコーリン株式会社の社長に就任。その後、セント・ジュード・メディカルやライフドリンク カンパニー等で経営トップを歴任。2019年10月、トライトの代表取締役社長 兼 トライトグループCEOに就任。
ー佐渡島さんは、トライトが介護従事者様に配信する介護漫画の制作に携わられています。介護の仕事を漫画で伝える価値はズバリどこにあると思いますか。
(佐渡島)介護のように人と接することがメインとなる職業は、「感情労働」と言われています。人は感情的な生き物であるため、人の幸せ度は、その場、その瞬間で、感情に向き合ってくれる人がそばにいるかどうかで大きく変わってきます。つまり、「感情労働」は、人の暮らしに大きなプラスの影響を与えることができる仕事なのです。一方で、人の感情に向き合う労働は、スキル化しづらく言語化も難しいことから、その価値は経済的に測りづらくなっています。資本市場の中からこぼれ落ちた見えづらい感情も、漫画でなら描きやすい。漫画を通じて、「感情労働」の仕事の価値を顕在化でき、読んでくれた人に介護の大切さの気づきをもたらすことができるのです。
ー現場の感情も含めて顕在化されにくい要素を表現していく漫画と、「仕事」と「人」の間に入っていく人材サービス業にはどんな共通項がありますか。
(笹井)感情と向き合い繋いでいくという観点で、人材サービス業にも共通要素がありそうだと感じています。求人を出す法人様と仕事を探している求職者様をマッチングさせるという仕事においては、例えば求人を掲載しているウェブサイト内で希望条件等の検索機能が充実していれば、わざわざその間に人が入る必要はないでしょう。一方、人は転職を考える時、何かに悩み、誰かに相談したくなるものです。求職者様は、キャリアアドバイザーとコミュニケーションを取ることで、仕事に求める要素が明確となり、自身では気づいていなかったキャリアへの思いが明らかになっていき、結果として良い選択ができたりするのです。その人の感情と向き合い、意向を引き出すプロセスこそが、キャリアアドバイザーとしての究極の仕事だと思います。これは、どんなにデジタル化され、効率化されたとしても、人にしかできない提供価値の一つであると考えています。
ー各業界でデジタル化やDXが進展していますが、日本の介護はこれからどう変わっていくと良いと思いますか。
(佐渡島)もし、介護を受ける側の健康状態のデータが予め分かっていれば、体調や人の心の状態が推測しやすくなり、介護を受ける方への声かけ一つを取っても上手くいく気がします。パワースーツやロボット等がより普及すれば、現状だと体の移動や入浴等の身体的な支援に時間を費やすことが多い介護のお仕事も、人の心の動きや感情に寄り添う時間をもっと増やすことができるでしょう。そうなれば、介護の質がより高まり、利用する方の満足度も上がっていき、ひいては働く人のモチベーションにも繋がるでしょう。
(笹井)ICT化やロボット化が進むことで、これまで人がやってきた部分がかなり省略され、人の手を借りなくても生活できる世の中に変わっていくと思います。家族や子供、孫に看取られることが多かったこれまでとは違って、一人で人生を全うする方も増えています。介護される側も本当は、自力で生活できた方がずっと嬉しいはずですから、テクノロジーの力を借りて、その人が物理的に自立できる生活が送れる環境を上手く作っていけたら良いと思います。一方で、DXの進展に関わらず、「その人らしさ」は大切にしていくべきですね。亡くなった義理の父は、晩年デイサービスの支援を受けていましたが、そこで提供される単純なお遊戯のような活動は苦手だと言っていました。長年経営者でしたし、頭はまだ元気だったので、最後まで私と株や経営の話をするのが好きでした。人は誰しも築いてきたもの、背負ってきたもの、それぞれの生き方があり、最後までそれを貫いていきたいだろうと感じています。ある人にとっては有意義なレクリエーションの時間も、別の人にとっては受け入れ難いものになる、被介護者といっても人それぞれですから、介護する側にとっては中々難しい問題ですね。
(佐渡島)受け入れ辛いという部分は、私もその通りだと思います。例えば、「体を動かしたほうがいいからお遊戯しましょう」ではなく、近隣の幼稚園児と交流する仕組みがあった中で子どもたちと対話する、という目的であれば、そのお遊戯にはもっと別の意味が出てくるのでしょう。今の社会の仕組みは効率化を狙うが故に、体を動かすといった一つの目的だけが先行した対応に偏りすぎてしまっているのかもしれません。
世の中には、製品を売る人がいて、それを買う人がいるという仕組みがあるように、介護もまた、介護をする人と、される人がいて、そのどちら側にいても、大きなコミュニティーの中でそれぞれが役割を持ち、繋がっています。一方生物の世界では、ある生物が何かを食べて糞をする、別の生物がその糞を食べるといったように循環していますね。糞の中の種を餌にしている動物にはその糞を掃除している意識がないのと同じで、我々も自分たちのために「ただ生きている」だけ。介護する人、される人という役割ではなく、介護する人もされる人も社会に共存する人間であり、それぞれの役割と存在価値がある結果、お互いを「ケアし合っている」という事象になっているのだと思います。
これは、本来人間が社会で生き残るために得意としてきた「循環」の姿です。一方、循環ではなく「交換」で成り立っている資本主義社会では、「1対1」の関わりが意識されすぎてしまい、この「循環」を感じにくくなっています。今はまだ、介護という明確な役割を付けて「助ける人」を作っている状態ですが、今後は、AI等の技術革新によって誰が何を必要としているのか、誰が何をできるのか、という情報が蓄積されることで、助け合いのマッチングが起こるでしょう。その結果「共生」でき、「循環」していく。そんな世界ができるといいなと考えています。
ー最後に、お二人は「人生のエンディング」をどう迎えたいですか。
(笹井)今は、幸いにして心身共に健康な人生を送っていますので、そのような中で最後の瞬間に、自分の価値観が変わることは中々想像できません(笑)。理想的には最後まで元気で、何かしら働きながらその日を迎えられたら良いなあと、漠然とですが考えています。
(佐渡島)私は笹井さんとは逆で、余命3年くらいと分かっていて、じっくり準備しながら自分の体が弱っていく状態を見届けたい気持ちがあります。きっと1回しか経験できないので、体が悪くなっていくのはどういう感じなのか、死が迫る恐怖を自分自身がどう感じるのか、最後のタイミングまでそれを感じてみたいですね。