介護に携わる全ての人の「今」を見つめ、より良い介護の「未来」を創造する ー Future Care Lab in Japan × ブライト・ヴィー

  • 2025.01.21

    共創ストーリー
  • Future Care Lab in Japan 

    SOMPOホールディングスおよびSOMPOケア株式会社が、国内外の最新テクノロジーの実証などを行う研究所として5年前に開設したリビングラボ*「Future Care Lab in Japan」(フューチャー・ケア・ラボ・イン・ジャパン)では、「人間」と「テクノロジー」の共生による新しい介護のあり方を創造することをミッションとし、持続可能な介護サービスの実現に向けて様々な開発企業と研究を重ねています。 

    今回は、Future Care Lab in Japan副所長 芳賀沙織さんと、介護向けICTサービスを手掛け、Future Care Lab in Japanで共に研究を行う株式会社ブライト・ヴィー代表取締役社長の飯田友一に、現在の介護の課題と未来の介護の在り方について話を伺いました。 

    *:生活空間(Living)と実験室(Lab)を組み合わせた造語で、市民、企業、行政が協働して社会課題の解決や新しい価値の創造を行う場所のこと。 

    https://futurecarelab.com/

    芳賀 沙織(はが さおり)

    Future Care Lab in Japan 副所長兼主任研究員  

    2009年東洋大学 社会学部社会福祉学科卒業。幼少期に祖母の介護を経験したことをきっかけに、大学時代では社会福祉を専攻し、介護福祉関連のボランティアやアルバイトを通じて現場に足を運んできた。大学卒業後はバリアフリーやユニバーサルデザインの製品開発、介護ロボットの企画に従事。2019年にSOMPOケア株式会社に入社し、Future Care Lab in Japan に参画。 

    飯田 友一(いいだ ともかず)
    株式会社ブライト・ヴィー 代表取締役社長 

    1999年立命館大学 政策科学部卒業。富士通で9年勤めた後、フリーランスエンジニアとして独立。「介護施設向け労務/コミュニケーションシステム構築」を通じて芽生えた「ICTで介護現場の力になりたい」思いを軸にライフワークとして介護ICTに携わり、『ケアデータコネクト』『ケアズ・コネクト』を開発。2014年2月 株式会社ブライト・ヴィーを設立、2023年6月トライトグループに参画。 


    Future Care Lab in Japanとブライト・ヴィーの出会いについて教えてください。 

    (飯田)今から約5年前、Future Care Lab in Japan(以下、「FCL」)で当時の技術責任者から、介護ICT機器のデータを連携し、ワンストップで介護記録システムにつなげる『ケアデータコネクト』(以下、「CDC」)について話を聞きたいとコンタクトをいただいたのが始まりでした。その頃、ブライト・ヴィーは代表の私を含め3名程度の小さな会社でしたので、「『CDC』はこれから自社で開発していかなければいけないと思っていた製品そのものです」とコンセプトに共感していただけたことが非常に嬉しく、必死でFCLに通ったのを覚えています。 

    (芳賀)私はこれまで、トイレやお風呂、ロボットといったモノづくりに携わってきたため、センサープラットフォームを初めて見せてもらった時、「すごい!」と衝撃を受けました。その無限に広がる可能性にワクワクが止まらず、飯田さんが開発した介護ICT、センサーで「つながる」世界観に魅了されていきました。 

    —そんなFCLとブライト・ヴィーの出会いから約5年の月日が経ちました。FCLがこれまで大事にしてきた思いとは何でしょうか。 

    (芳賀)FCLでは、現場実装できるテクノロジーを生み出すことを目指し、介護する人、される人、そしてテクノロジーの作り手をつなぎ、共につくり上げていく共創の場となることを一番に掲げてきました。その中で、より良い介護サービスの提供や働きやすい介護現場の醸成のために必要な機能や考え方のアイデアを出し合い、一つ一つ実証評価や開発支援をしてきました。 

    しかし、それは私たちだけの力で成しえた事ではありません。これまでに接点を持ってきた年間200社を超える開発企業、そして年間100以上の介護事業者の方々との意見交換をしてきたからこそ、介護現場のニーズを踏まえた製品開発に取り組むことができていると考えています。主にSOMPOケア株式会社が運営する事業所で、開発企業と現場の間に我々が介在し、現場の声をテクノロジーに反映する、そうしてトライアル・アンド・エラーを幾度となく重ね、ようやくテクノロジーが世の中にリリースされ、数百か所の介護施設で使われるという循環が生まれます。まだ道半ばではありますが、FCLはこうした企画、開発、実装、フィードバック、改善といったPDCAサイクルの中で、「介護に携わる様々な方々をつなぐHUBになる」という、FCL開所当初から志す目的に近づいてきているような気がします。 

    —自社施設を保有し、現場の生の声を製品に反映できる環境は大きなメリットと感じます。『CDC』も例外ではなく、現場からのフィードバックを基に改修を続けていると伺いました。長く製品開発に携わってきたお二人は、生の声をどのように受け止めていますか?  

    (芳賀)『CDC』を現場に提案した際の反応は、想像もしていないものでした。私たちは、介護施設のご利用者の日々の体温の変化や、食事や排泄の状態等のデータをグラフ等で見える化し、この情報があればきっと介護がやりやすくなるだろう、使いやすいと喜んでもらえるだろう、と期待に胸を膨らませていました。しかし、介護職の皆さんが睡眠や排せつ、食事等のデータを読み解こうと、食い入るように画面に見入ってくれた後、彼らから出た言葉は、「どの情報をどう見たらよいのか分からない」「画面を見る余裕がない」というものでした。試作段階でネガティブな意見を吸い上げられないまま現場に出てしまえば、介護職にとって使いにくい製品となってしまいますので、こういった忌憚のない意見を得ながら、次の開発でどう改善していくかという観点を大切にしていました。 

    また、介護現場でテクノロジーを使うことにより作業が簡略化する等のメリットもある一方で、テクノロジーを取り入れるにあたっては、介護職の方々がこれまでのケアに加えて業務を変えていくことの目的や方法ついても学んでいく必要があります。開発する私たちはその点も理解し、現場の介護職がいつ・どこで・どう使うかというところまで考えていかなければいけないと感じています。 

    (飯田)現場からの率直な意見というのは、お金では買うことのできない、私たちにとって非常に貴重なものです。検証にあたり、製品を作った開発企業が実際に使ってもらう介護現場に感想を聞きに行っても、具体的なフィードバックや、ネガティブ面も含めた率直な意見を聞ける事は少なく、その後の改善に向けた深いコミュニケーションに至らないこともあります。しかし、FCLのプロジェクトに参画し、SOMPOケア株式会社さんの施設で『CDC』の検証を行っていただいたことで、「これでは難しい」といった現場の皆さんの本音を聞く機会に多く恵まれました。厳しい意見やこういった声を聞けていなければ、今の『CDC』はなかったと思いますし、発見や気づきが多い大切なプロセスであったと感謝しています。 

    施設形態やそこで働く方々が違えばそれだけ異なる意見が出てくるように、製品開発には正解があるわけではありません。検証を通じて、現場と開発者が必ずしも同じ価値観で課題を見ているのではない、介護現場の課題や解決策も施設により千差万別である、ということを実感できたことも大きな意味がありました。我々のようなICT機器を開発する側は、「世の中に新しい機能が生まれたから、それを活用するとこんなことができる」と仮説や想像ばかりが膨らみ、現場のニーズを置き去りにしがちです。真に現場から求められるものを生みだしていくために必要な、働く方々の生の声を聞くことこそが大事なのだと、改めて強く認識しました。 

    —まだまだ普及段階にあるテクノロジーですが、この先テクノロジーを浸透していく上で開発企業はどんな考え方が必要でしょうか。 

    (飯田)介護現場ではICTの活用が推進されていますが、テクノロジーを入れれば良いという訳では全くないと思っています。テクノロジーを活用する狙いは、介護職が働きやすい現場をつくること、介護の質を高め、利用者がより過ごしやすい空間をつくるためであり、テクノロジーの進化や追求が目的ではありません。我々のような開発者はこの本質を絶対に忘れてはいけないと思っています。 

    (芳賀)FCLには、「人とテクノロジーの共生による新しい介護の在り方を創造する」というミッションがあります。飯田さんがおっしゃる通り、テクノロジーは一つの手段でしかありません。使われる状況を想像し、仕組み等の周辺環境を含めてどうデザインするかが何よりも重要だと感じています。もし、介護現場がテクノロジーを導入せずにアナログの状態であれば、目に見えている情報だけをもとに様々な判断を下し、ケアをするだけでよかったかもしれません。しかし、『CDC』を検証した時の事例からも分かるように、テクノロジーの介入により入手できる情報が増えることで、同時に情報処理や判断材料も増え、業務負担になる可能性があります。開発側はこのことを想定し、より良いケアに向けて本当に必要な情報は何なのかを考え、介護現場の仕組みに組み込んでいく方法まで思考を巡らす必要があると思います。 

    FCLで展示されている『2030年から問う介護』は、どのような思いのもとでスタートされたのでしょうか?実際どんな反応がありましたか? 

    (芳賀)未来のための介護に向けて、経営者を含めた介護現場で働く方々が潜在的・顕在的な課題をテーブルに乗せて、意見交換できる場所を作りたいという思いで設計しました。誰しもが、自身の考えを「それは違う」と否定されたくはないはずです。今行っているケアが違う、間違っているということではなく、こういう未来を創るためには今の介護現場で何を変えていく必要があるのか、何を変えない必要があるのか、ということを介護業界に携わる全ての人と意見交換できればと考えたのです。 

    4つのテーマの1つであり、最も関心が高かった展示が、ブライト・ヴィーさんと共同開発した「記録しない介護記録」でした。ここでは、日頃のケアではなかなか目を向ける機会が少ない、介護記録の新しい形を提案しています。実際、FCLにお越しいただいた方々に実施した、「今の介護記録を続けたいですか?」という問いには、約9割の方が「続けたくない」、約7.5割の方が「項目過多である」と回答しています。この回答結果は、すでに介護記録をシステム化している介護現場においても同じ。つまり、現状の介護記録自体に疑問があることは明らかなのです。これからの介護においては、日々の業務における疑問を「仕方のないこと」と諦めるのではなく、介護職が理想と現実のギャップを考え、伝え続けられるような力と、それができる環境が必要だと感じています。そのため、FCLが介護業界の課題解決に向けた対話を活性化する役割を担っていければ嬉しいです。 

    展示の詳細についてはこちら → トライト公式note:2030年の介護業界はどうなる?誰もが幸せな介護の未来を考える「Future Care Lab in Japan」をご紹介! 

    「記録しない介護記録」の画面を操作する飯田さんと芳賀さん 

    —最後に、お二人が描く、「未来の介護」について教えてください。 

    (芳賀)私たちはどのような生活をしていたいか、私たちはどのように仕事をしていたいか、そのサポートをする一つがテクノロジーであると考えています。個人の尊厳が尊重され、ご利用者ができる限り自分の生活を続けられるように介護サービスを利用すること、そして働き手も含めて持続可能な範囲の中で、仕組みが循環することが必要です。2023年、2024年と、福祉先進国であるデンマークで学ぶ機会がありました。そこでは、ケアの現場のリーダーが国の方針を理解し、「高齢者ケアの理念、方針がこうであり、自分たちの現場ではこう考えていて、こうしている。」というように、一人一人が自分事として捉え、考え、ケアに取り組んでいました。また、そこには、介護に携わる方々が長く元気に働き続けられるよう考えられた制度・仕組み・環境がありました。デンマークと日本で異なる国の仕組みや、テクノロジーの考え方・実装の仕組み等を目の当たりにして、日本の介護業界の課題に目を背けたくなる瞬間もありましたが、まだまだ取り組めるテーマが多い日本だからこそ、課題解決に向けて私たちにできることも多い、とも思ったのです。この先も、未来の介護が少しでも良くなるために、この国の課題と向き合い続けていきたいです。 

    (飯田)これからの介護業界は、介護職に対してより優しい世界に変わっていってほしいと願います。これから高齢者になっていく世代の方々は、子どもの頃から介護を経験してきた、またはご自身が働きながら介護をしている等、介護の役割や大変さをよく分かっている世代なんじゃないかなと思うんです。だからこそ、そういった世代が介護を受ける側になるであろう30年後には、介護してもらうことが当たり前ではなく、感謝の気持ちを忘れない文化が浸透しているといいなと感じます。介護される側、する側の双方が丁寧なコミュニケーションを図れるようになれば、きっと、介護業界やその周りを取り巻く環境にポジティブな新しい風が吹いてくれるはずで、私はICTの側面からそのコミュニケーションの発展に貢献していきたいと考えています。 


    これまで介護業界でお世話になった方々に恩返しをしたい、介護は自分のライフワークと話す飯田さんと、必要な人が必要なテクノロジーを当たり前に使用できるようになった時に、最終的にはまた介護現場で働きたいと語る芳賀さんは、お二人ともイキイキとしていて決意に満ちていました。介護の大変さや辛さといったネガティブな要素よりも、この国の介護の未来をどう良くするかに目を向け、介護をより暖かいものにしていきたいと願うお二人の挑戦はまだまだ続きます。 

    閉じる