他業種から学び医療・介護業界のトランスフォーメーションを実現したい―筑紫南ヶ丘病院 オーナー理事 前田 俊輔さんに聞く

  • 2024.02.09

    共創ストーリー
  • 医療・介護の人材不足の課題にいち早く着目し、AIやICTの技術を2000年代から開発・導入している施設が福岡県大野城市にある筑紫南ヶ丘病院です。安全性を担保した生産性の向上を実現されると共に、全国初の「地域包括ケア病棟」を2014年にスタートされ、その後、地域最大規模に成長させてきた理事・オーナーである前田俊輔様にお話を伺いました。

    ―Profile
    前田 俊輔(まえだ しゅんすけ)
    大学卒業後大手ゼネコンに就職、注文住宅会社を創業するなど建設業界で代表を務めた後、2007年に医療業界に参入し、遠隔健康管理システム「安診ネット」を開発した。2009年より創業者であった父から引き継ぎ、筑紫南ヶ丘病院の理事に就任。

    前田様は建築業界から医療業界に転身され、17年間に渡り医療・介護施設の経営や現場で活用する新たな技術開発・導入に取り組んでこられました。この業界特有の最大の課題は何だと思われますか?

    超高齢化の進展により毎年膨らむ医療・介護費用の抑制という大きなテーマもありますが、私が考える最大の課題は、この業界で働き手が極端に減ってしまうということです。他国と比較した際、条件面や円安の要素も加わり、介護従事者の就労国として魅力度に欠ける日本では、外国人労働者の増加にもあまり期待を持てないことから、政府はロボット・AI・ICT等の実用化促進やシニア人材の活用、組織マネジメント改革、経営の大規模化・共働化等の施策を「医療・福祉サービス改革プラン※1」として2019年から提唱してきました。しかしながら、どの施策も苦戦しており、労働力の確保につながる結果に結びついていないのが現状です。

    ※1 参考:表2-4-4 医療・福祉サービス改革プランの概要|令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

    ―政府が打ち出しているロボット・AI・ICT化が医療・介護業界では進みにくい要因は何でしょうか。

    命を扱う医療・介護といった領域においてAI・ICT化が進展しない課題は2つあると思います。一つは、安全性の確保、もう一つは導入負荷に対する効果である生産性の向上です。例えば、ベッドセンサーなどの様々なICTが普及し始めていますが、転倒には効果があっても、バイタル取得はアラートが多く発生したりと、必ずしも効率化につながっていない事例もあります。特に医療現場では、安全性が担保できない限り、医者側がAIやICTの活用・導入を嫌がるというケースが多いです。

    ―前田様は導入側だけではなく、システム開発側にもいらっしゃいました。現場で使われるシステムの開発・導入で最も大切な事は何ですか?

    例えば、医師が見るために作られた「電子カルテ」や、請求・記録といった事務の人たち向けに導入された「介護ソフト」を見ても、看護師や介護職にとって必ずしも使いやすい仕組みとは言えません。導入によって、医療・介護の質が高まる部分はありますが、残念ながら効率化はさほど進んでいないという現場の声を耳にします。開発者側が目指すべきICT化の効果は、10点程度のプラスではなく、20点、30点アップといった大きなトランスフォーメーションです。これくらいの効果がなければ、余程報酬等での誘導がない限り、現場の負担はもとより、経営側も人材流出のリスクを抱えることになるからです。DXやICT化の究極の目的は、現場が楽になることに他なりません。実際そこが達成できていない事例が多い、厳しい現実があるのも事実です。

    福岡県大野城市にある筑紫南ヶ丘病院

    前田様が開発された「安診ネット※2」では、バイタル※3を自動で取得し、精度の高いデータに基づくトリアージ※4を示すことで、現場の負荷を相当軽減されています。また、厚労省老健局事業で第三者が検証した結果では、1日50分の業務削減が実現できたという客観的データもありますが、どうすれば、良いシステムを現場で上手く活用してもらう事ができますか?

    システムを作るのと同じくらい難しいのが、医療・介護現場のオペレーションに応じた現場の理解を得ることです。現場の従事者は、必ずしもITリテラシーが高い人ばかりではありません。そこで誰でも操作できるICT導入により、業務の省力化を実感してもらい、その後にシステムの誘導により、自然と現場を変える体験をさせるといった具合に、「現場に負担をかけない」ことが重要と思います。ICT導入はスタートであり、現場のオペレーションを変える、事業モデルを変えるというDXの領域にまで踏み込まなければ、真の効率化にはつながらないからです。 特に、血圧、脈拍といったバイタルは個人差が大きく、例えば体温は37.5以上という全員一律ではなく、個々人の推移や傾向を見ていく必要があります。こういった個別化医療を実現するために、記録やリスク分析が瞬時に正しくできるのがICT・AIの力です。厚労省老健局事業の検証結果によると、「安診ネット」を導入した3施設では、医療・介護従事者が身体的に楽になったと感じる割合が90%、精神的に楽になったと感じる割合でも78%という高い数値が出ています。医療介入へのAIの正解率は97%ですので、オペレーションを上手く融合させれば、重度化防止という「質」と生産性向上の両立は難しくありません。

    ※2 バイタルを入力することでAIが管理し、個人毎の異常値を検知、病気の早期発見や重症化予防に効果的な介護総合管理システム。職員の業務負担軽減や多職種間の情報共有という観点でも効果があり、業務効率化につなげる。

    ※3 脈拍、呼吸、血圧、体温等を指す。

    ※4 医療機関において、患者の緊急度を判定し、緊急度に応じて 診療の優先順位付けを行う取組をいう。

    前田様は建築業界の時代から課題を解決していくということに拘りと思いを持たれていたと伺っています。その原動力は何ですか?

    日常の中で感じる「違和感」があるものに対して「これってどうにかならないかな」と考える習性があります。例えば、社会的入院※5ならともかく、療養病棟に「医療区分」が導入された時は、一定の医療管理が必要だが、その区分から外れる患者様が病院に居られなくなるという実態に対して、もどかしさを感じていました。当院では、『医療難民の救済』を法人ビジョンとして掲げていましたが、このままでは、当院自身が医療難民を出しかねない状況となり、要介護3以上だけが入れる医療型老人ホームを作りました。しかし現実は厳しく、4年間は赤字で苦労をしましたが、10年経った現在では「医療強化型施設」というジャンルが確立され、その中で実績を示し、収益も法人の柱と言えるまで成長しました。私の構想は「10年早い」と言われるのですが、「いずれ当たり前になる」という信念を持って、改革を諦めずに進めています。

    ※5 医学的には入院による治療の必要性が低いものの、家庭的・生活的理由等で帰宅できず、長期的に入院して生活している状態のことを指す。要介護高齢者や精神障害者に係る医療問題、社会問題として問題視されており、厚生労働省の調べによると、入院患者のうち25%が「自宅での療養ができない」と回答している。(参照:令和2(2020)年受療行動調査(確定数)の概況 |厚生労働省 (mhlw.go.jp))。

    「お客様の尊厳ある人生を送るお手伝いをする」と理念に掲げている筑紫南ヶ丘病院では、患者様を診てあげるのではなく、病院が選ばれている意識を大切にするため、患者様ではなく「お客様」と呼ぶ。

    ―人材不足がなかなか解消できない中、今後、医療・介護施設が取り組める課題は何でしょうか。

    医療や介護の「質」を高める際に、この業界は従来、人手に頼って解決しようとしてきました。しかし残念なことに、医療・介護業界で働く人たちの労働人口が減っているため、人に頼る方法では、「科学的介護※6」等で「質」の向上を求められても、現状の人手不足への対応で精一杯の事業者が大半ではないでしょうか。2024年同時改正※7では「生産性向上」が報酬評価されたように、医師、看護師、介護士の労働条件や働き方を変えていくためには、ICTを活用したDXにより現場の生産性を高めていく方法しかないように思います。また、無資格未経験者には難しい領域のため、裾幅が広いヘルスケアに入ってきた人たちが医療・介護業界に自然と入れるような誘導をしていく努力も必要です。

    もう一つの課題として、医療と介護の費用を抑えなければなりません。85歳以上の高齢者の数は2025年以降も増え、要介護者も増えるため、政府の財源には限界が来ています。医療・介護費用を減らされたらイコール質が落ちると唱える方もいますが、本当にそうでしょうか。他業種では技術の進化や工夫により、値段を上げなくても「質」が向上するケースはたくさんあります。私のいた住宅業界では20年前、曲がらない集成材を使用し、予め工場で構造材を加工して現場では組み立てるだけの新工法により、職人の腕だけに頼らず、高品質で安価な家が、当たり前に作れるようになりました。このように、他業界では当たり前の改善や工夫を、我々も常に挑戦していかなければなりません。

    ※6 研究によって蓄積された科学的裏付け(エビデンス)に基づき、患者や利用者の価値観や意向を考慮した上で行う介護のこと。(参照:科学的介護とLIFE (mhlw.go.jp)

    ※7 2024年に診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬が3つ同時に改定される「同時報酬改定」のこと。

    人材が重要な中、トライトのような人材紹介・派遣会社に求めることは何ですか?

    政府の力を借りることになるかもしれませんが、紹介業者と法人側の双方に、一定の可視化を図ること、これに尽きます。介護士さんの求人を出して人材紹介会社から提案されて入職しても、1か月以内で辞めてしまうケースもあります。返金はわずか50%となると施設経営を大きく圧迫してしまいます。必死で研修してようやく戦力になった時に辞めていかれる。だからこそ、入職前に病床機能報告制度※8のように、施設毎の特徴や種類、人員配置や科学的介護などの実績がより可視化されていくと、求職者も安心できます。人材紹介会社には、職員と現場の認識の不一致が出ないように、この情報を活用して、よりマッチした紹介と、併せて紹介責任を持って頂けたら、今後の業界の発展に繋がると思います。

    ※8 医療法(昭和 23 年法律第 205 号)第 30 条の 13 に基づき、医療機関のそれぞれの病棟が担っている医療機能を把握し、その報告を基に、地域における医療機能の分化・連携を進めることを目的とした制度。一般病床・療養病床を有する病院・有床診療所が担っている医療機能の現状と今後の方向について、毎年病棟単位で報告する。(参照:病床機能報告|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

    「人」と寄り添う究極の職業であることを、次世代に伝えたい―介護長 井手 清美さん

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    介護を受ける側もする側も独りぼっちにさせないこと

    訪問介護や通所介護、家族介護などの多様性ある介護のあり方から選ぶ時代である中で、介護を受ける側もする側も独りぼっちにさせないことが、介護職としての使命だと考えています。人生において誰もが関わる介護を担うこの職種は、人と寄り添い関わる究極の職業であること、そして常に利用者様主体で考えるということを、介護職13年の経験で実感しています。時代の流れに沿って介護職の求められることも変化していますが、介護職としての本質を次の世代へ引き継ぐために、指導力を磨いて現場教育の質を上げるとともに、介護職として働くやりがいを多くの方に伝え、介護職になりたいという方を増やすことが、今の私の責務です。

    「どうにかなる!」という前向きな気持ちを忘れずに

    困難なことに出会うこともありますが、何かあっても「どうにかしよう」ではなく「どうにかなる!」という気持ちを常に持ちながら、業務にあたっています。私が前向きな姿勢で常に笑顔で利用者様に接することにより、利用者様にも伝播し、誰もが明るく健やかに過ごせる施設につながることが、巡り巡って私のエネルギーになっていると実感しています。時代の変化やICT普及とともに、介護職としてあるべき姿、やるべき業務も少しずつ変化していますが、利用者様やご家族の笑顔、そして感謝の気持ちを忘れずに、業務に励んでいきます。

    人と関わる根幹だからこそ、ひとりひとりの価値観に寄り添う―看護師長 小野 舞さん

    医療ケアスキルだけではなく、コミュニケーション力とチームワークが大切

    私が所属している治療の目処が立った患者様の退院後までの生活を長期的に見据えてサポートをする地域包括ケア病棟では、医療ケアのスキルは勿論のこと、リハビリ職、ソーシャルワーカーや近隣施設、そして患者様やご家族との連携に必要なコミュニケーションスキルやチームワーク力なども求められます。特に、看護師教育においては、指導者が相手のモチベーションや仕事に対する考え方を尊重して寄り添い、声掛けや質問の仕方を工夫することで新人看護師をそっと導いてあげる指導を意識しています。また、患者様やご家族とも、話が広がるような対話力を身に付けることも、人と関わる職種である看護師にとって大切な要素の一つですね。

    深刻な人材不足の中、キャリア形成の選択肢を提供したい

    患者様や利用者様が病院を選ぶ時代となり、医療ケアのクオリティをこれまで以上に求められている今、看護師の人材不足がより深刻化していると感じています。従事者の中では、多様なキャリアを積みたいというニーズが多い昨今は、特に経験ある看護師がキャリアアップを求めて転職する傾向にあるため、人材不足の中でも質の高いケアを維持していくことも課題になっているのではないかと思います。そのため、今後は教育制度や評価制度を見直し、転職以外にもキャリアステップの選択肢がある環境を管理職としてつくり出していきたいです。

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